神奈川県薬剤師会のあゆみ

1890年(明治23年) 神奈川県薬剤師会創設(2.23) 事務所:横浜市瓦斯橋際、本願寺別院 参加者:26人 役員を置かず発起人一同が幹事となり運営(県内の薬剤師71人) 
1891年(明治24年) 医薬分業請願の最初の議会運動展開(10.25) 
1892年(明治25年) 会則改定:会頭1人、副会頭1人、幹事2人、評議員5人とする 事務所:尾上町4丁目71番地 に移転 
1893年(明治26年) 日本薬剤師会の委員に清水新太郎役員がなる (6.11) 
1895年(明治28年) 初めて会頭を選任、芹沢悌吉が就任(4月) 
1900年(明治33年) 神奈川衛生試験所創立(8月) 
1901年(明治34年) 神奈川県知事より認可団体となる(3.5) 会則改正 事務所:横浜市松ヶ枝町18番地へ移転日薬神奈川県支部に改組、支部理事長に清水栄助が就任(8.8) 
1902年(明治35年) 横須賀薬和会設立(7.15) 横浜薬学講習所設立 (11.1) 
1903年(明治36年) 薬品私設巡視実施を決定(5.6) 横浜薬学講習所を横浜薬学校と改称(9月) 
1905年(明治38年) 模範薬局の外来患者の処方箋を一般薬局に開放(11.15)しかし、受け入れ体制の不備等により永続しなかった 
1906年(明治38年) 横浜に模範薬局設立検討委員会設置(10.20) 
1908年(明治41年) 横浜市医師会員調剤所への私設巡視依頼に応諾を決定(3.11) 医師調剤室の私設巡視実施(4月3日よ52日間 170ケ所) 医師会からの私設巡視謝礼金を横浜市公益事業に寄付(8.17) 
1911年(明治44年) 衛生功労者として内務大臣の表彰を受け、表賞金2 00円受領(11.3) 
1913年(大正2年)  会報発行案を可決、会報は隔月発行と決定(3.22)事務所:中区日の出町2丁目37番地に移転 
1915年(大正4年)  横浜貿易新聞の企画に賛同、巡回診療に協力(1月)病院薬剤師懇話会開催(6.27) 
1918年(大正7年)  県庁、薬品試買問題起こる(7月) 
1919年(大正8年)  事務所:西区西戸部町145番地へ移転(4月) 
1920年(大正9年)  関東5県連合薬剤師大会(高崎市公会堂)に参加 (11.14) 
1921年(大正10年) 非薬剤師の誤薬により少年致死事件発生(6.10) 医薬分業講演会を日薬と共催で開催(開港記念館 7.12) 
1922年(大正11年) 事務所:中区桜木町1丁目1番6号へ移転 
1923年(大正12年) 県庁仮庁舎にて大震災対策応急対策協議を開催 (9.3) 県救護事業に金30円を寄付(10.13)県救療所に清水藤太郎氏、薬局長として調剤に従事(10月) 
1924年(大正13年) 私団体、神奈川県薬剤師会設立(10.11) 震災救療従事薬剤師解散式挙行、出席者18人(11.27) 
1925年(大正14年) パンフレット「医薬分業」を発行、一般市民に配布 
1926年(大正15年) 法定、神奈川県薬剤師会設立、認可される(5.1) 日薬神奈川県支部解散(10.26) 艸楽会(政治活動)設立(10.26) 神奈川薬方第1版刊行、本邦初の国民医集(12.1) 
1927年(昭和2年)  健康保険に対する解説的通告を全会員に送付(1月)健康保険部設置(3月) 陸軍共済組合と薬剤支給契約締結(6月) 神奈川薬方補遣を出版(6月) 県の依頼により横浜・川崎の井戸水検査実施、井戸数10,518件、出動人員95人(10.24~30) 
1928年(昭和3年)  人事部を設置、就職を斡旋(6.12) 薬品価格計算法調査委員会を設置(6.23) 
1929年(昭和4年)  名誉会員制を制定(3.22) 簡易衛生試験法を全会員に配布(7.15) 
1930年(昭和5年)  会則の一部を改正し、会費13円の内1円を会館建設基金として、別途積立開始(3.22)麻薬研究会を伊勢佐木警察署で開催(7.19) 艸楽会発行家庭処方集を全会員に配布(11.7)東京電灯と保険調剤契約締結(11.18) 健保医療、給付に関し日薬へ議案提出(11.24) 
1931年(昭和6年)  病院取締規則改正陳情書を内務大臣に提出(2.10) 
1932年(昭和7年)  病院取締規則一部改正、薬剤師必置制を横山知事に陳情(12.3) 
1933年(昭和8年)  神奈川県病院規則が改正され「調剤員を薬剤師に」となる(5.30) 女子薬剤師会設立(10.10)保険薬剤師復活 (11.14) 
1935年(昭和10年) 日本最初の薬剤師会館:磯子区丸山町7番地に竣工、建坪115.5㎡・建設費14,571円(4.5)新会報発行(7月) 
1942年(昭和17年) 薬剤師大会開催(11.13) 
1943年(昭和18年) 新薬事法公布により、薬剤師全員が会に加入、役員は官選となり、会長は厚生大臣が、理事5人は県知事が任命(3.11) 
1945年(昭和20年) B29、500機による横浜大空襲、市内中央ほとんどが焦土と化したが、幸にも会館は難を免れた(5.29) 国民義勇隊、医療救護隊組織命令が発令され、薬剤師会も組織に入る(6.3) 
1948年(昭和23年) 旧県薬は解散、新に神奈川県薬剤師協会設立(7月) 
1949年(昭和24年) 神奈川県薬剤師共済会発足(4月) 神奈川県病院薬剤師会創立(9.3) 
1950年(昭和25年) 神奈川県薬政会発足(1月) 医薬分業を主軸とする薬事勧告実現促進の薬剤師大会を日薬と共催で開催(葉坂教育会館)理事に製薬、卸業者の代表を加え、薬界の総力結集を図るも病院側からの役員参加を拒否される 
1951年(昭和26年) 戦後、初の会員名簿発行(4月) 神奈川県製薬協会設(5.20) 
1952年(昭和27年) 県薬会報「薬壷」として第1号を復刊(10.15) 
1953年(昭和28年) 横浜市薬剤師協会創立(11.10) 神奈川県医薬品卸売業協会発足(11.19) 保険調剤始まる川崎市薬剤師会再発足 
1955年(昭和30年) 神奈川県学校薬剤師会結成(6.4) 
1956年(昭和31年) 「薬と健康の週間」に際し、分業啓蒙の大宣伝を実施、セスナ機でPRのビラ30万枚を県下に投下(11月) 
1957年(昭和32年) 日薬主催の医薬分業実施1周年記念大会で表彰を受る(4.4) 
1958年(昭和33年) 会館修築工事施工。 
1959年(昭和34年) 国保医療担当者講習会を県下7地区で開催(4.17~27) 
1961年(昭和36年) 神奈川県薬剤師特種健康保険組合設立(2.1) 保険教室開始(毎月25日) 
1963年(昭和38年) 会館建設特別調査委員会開催(1.31) 会館建設準備委員会設置(2.7) 薬業8団体、知事に会館建設に関し助成方陳情書を提出(11月) 
1964年(昭和39年) 会館建設敷地350坪の購入(8.14)
1965年(昭和40年) 薬業会館建設起工式挙行(3.15) 同竣工式挙行(11.20)総建坪1888.184㎡・総工費1億7000万円 
1967年(昭和42年) 薬政会解散、神奈川県薬剤師政治連盟結成(1.23) 
1968年(昭和43年) 会館建築完成(9.20) 
1970年(昭和45年) 神奈川県女子薬剤師会創立(8.13) 
1971年(昭和46年) 第1回調剤実務研修会集中講義開催(1.21) 薬事情報センター設立準備打合せ会開催(2.8)公害衛生試験所・薬事情報センター設立(4.1) 
1972年(昭和47年) 公害衛生試験所竣工(3.31)総工費8千711万円 神奈県医薬品小売商業組合設立(11.20) 
1973年(昭和48年) 薬事情報センター「一般用医薬品便覧」を刊行 (10.15) 社団法人横須賀市薬剤師会発足(3.2) 
1974年(昭和49年) 社団法人横浜市薬剤師会発足(2.8) ゲールツ墓前祭開催(8.30)墓碑管理を県薬で行うことに決定 
1975年(昭和50年) 社団法人相模原市薬剤師会発足(3.17) 医薬品研究所設立(4.1) 
1977年(昭和52年) 社団法人大和・綾瀬薬剤師会発足(1.1) 薬事情報センターの県医師会会員、県歯科医師会会員の利用開始(8.1) 
1978年(昭和53年) 県保険課の斡旋により1週間分業に関する3師会打合せ会開催(5.12) 薬局モニターに
138薬局を推薦(6月) 1週間分業実施(7.3~7) 
1979年(昭和54年) 社団法人平塚・中郡薬剤師会発足(3.2) 藤沢市薬剤師会・薬事センター設立(5.15)日薬第12回学術大会を県民ホール他2会場にて主催、出席者3,113名(10.11~12)
戸塚薬剤師会・薬事センター設立(10.23) 1980年(昭和55年) 日薬との間にファクシミリ開通(3.15) 横須賀市薬剤師会・薬事センター設立(11.27)神奈川県医学交流訪中団に参加(11月) シンナー等乱用防止推進事業実施神奈川県地域保健医療調査会に参画 
1981年(昭和56年) 公害衛生試験所、医薬品試験機関として指定を受ける(6.1) 社団法人川崎市薬剤師会発足(10.1) 第1回学術大会開催、参加者1,031名(10.13) 社団法人茅ケ崎・寒川薬剤師会発足(11.24)川崎市薬剤師会・薬事センター発足(12.1) 
1982年(昭和57年) 社団法人小田原薬剤師会発足(6.21) K.D.B.発足(7.1)金沢薬剤師会・薬事センター設立(7.3) 
1983年(昭和58年) 第36回通常代議員会にて保険薬局分担金 年2,400円徴収を可決(3.24) 
1984年(昭和59年) 社団法人伊勢原市薬剤師会発足(4.24) B.C.州薬剤師会と友好関係成立(10.9) 
1985年(昭和60年) 神奈川県地域保健医療計画に保険薬剤師、保険薬局が明記される(3月) 
1986年(昭和61年) 旭区薬剤師会、医薬分業モデル地区に指定(3.14)プライマリーケア学会神奈川支部に加入(4.1) 会報100号発行(8.15)日本薬局方公布100周年に併せて「ゲールツ忌」執行(8.30) 
1987年(昭和62年) 生涯教育記録簿作成、配布開始(2.13) 第40回通常代議員会にて年100時間の生涯教育実施及び保険薬局分担金をランク別徴収に改正並びに入会金徴収を可決(3.19) 県下、18支部にファクシミリ設置開始(8月) 
1988年(昭和63年) 「薬局、一般販売業における医薬品検査の在り方について」の要望書を日薬に提出(2.7) 
1989年(平成元年) 厚生省より、「処方せん受入れ準備体制の整備のためのファクシミリの利用について」通知。いわゆるFAX分業が可能になった。(11.15) 
1990(平成2年) 会長に永利裕生(ながとし やすお)が就任。(4.1) 基準薬局(かかりつけ薬局)第1回認定。401件。以後年2回認定を行う。(7.1) 
1991(平成3年) 一般用検査薬(尿蛋白、尿糖)が発売される。 
1992(平成4年) 会長に永利裕生を再任。(4.1) 
1993(平成5年) 薬事情報センターの施設を整備し、機能を強化。(6.) 
1994(平成6年) 会長に橘川二郎(きつかわ じろう)が就任。(4.1) 
1995(平成7年) 製造物責任法(PL法)施行。(7.) 
1996(平成8年) 基準薬局認定数984店。(2.) 会長に橘川二郎を再任(4.) 
1997(平成9年) 薬事法、薬剤師法改正。患者への情報提供の規定が設けられる。 24時間医薬品FAXサービス開始。(9.)

1998(平成10年) 会長に橘川二郎を再任(4.1) インターネットホームページ開設。(9.) 
1999(平成11年) 仮称神奈川県総合薬事保健センターの建設が始まる(5) 
2000(平成12年) 会長に橘川二郎を再任 
2001(平成13年) 神奈川県総合薬事保健センター落成(6月) 
2001(平成13年) 第34回日本薬剤師会学術大会が神奈川県にて開催(10月) 
2002(平成14年) 会長に尾崎 英俊が就任(4月) 
2006.4(平成18) 会長に田中英昭が就任 
2006.11(平成18年) 第21回アジア薬剤師連合(FAPA)学術大会開催 
2007.10(平成19年) 韓国ソウル薬師会、京畿道薬師会協同学術大会に田中会長、加藤常務理事が招聘公演 のため訪韓 
2008.4(平成20年) 会長に田中英昭を再任
2008.6(平成20年) 当会と韓国京畿道薬師会が友好協定を締結 
2008.11(平成20年) 2008かながわ薬剤師学術大会開催、韓国京畿道薬師会朴会長が招聘講演 
2009.4(平成21年) 当会試験センターが(株)エコクリエイティブジャパンへ事業譲渡される 
2010.4(平成22年) 会長に加藤昇一が就任
2011.3(平成23年) 東日本大震災 薬剤師ボランティア77名を派遣
2011.3(平成23年) 神奈川県薬剤師会生涯学習認定制度スタート
2012.4(平成24年) 会長に加藤昇一を再任
2012.6(平成24年) 一般用医薬品販売制度完全施行
2013.4(平成25年) 公益社団法人としての認可を受ける
2013.6(平成25年) 会長に加藤昇一を再任
2015.6(平成27年) 神奈川県薬剤師会共済部解散
2015.9(平成27年) 神奈川県薬剤師会くすりと健康相談薬局認定制度スタート
2016.4(平成28年) 健康サポート薬局制度が始まる
2017.3(平成29年) 神奈川県薬剤師会生涯学習認定制度が 薬剤師認定制度認証機構(CPC)に認証される
2017.6(平成29年) 会長に鵜飼典男が就任
2017.9(平成29年) 神奈川県栄養士会との覚書を調印
2019.6(令和元年) 会長に鵜飼典男を再任
2020.2(令和2年)  神奈川県薬剤師会創立130周年
2020.4(令和2年)  新型コロナ感染症拡大、緊急事態宣言発令
2021.6(令和3年)会長に小川護が就任

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